自動車の歴史は国の産業化の歴史でもある

楽しい将来を考えていきたい

26 1月

男性の好み

Posted in 欲望 on 26.01.15

車好きの男性というのは本当に多いですが、同じく昆虫好きの男性も多いです。昆虫の中でも、例えばトンボのペニスの先端というのは、かぎ爪のような形をしているようですね。昆虫のオスにもペニスはあるのですね。昆虫類はメスの生殖器の中にペニスを挿入して精子を精包という固まりの状態で出すのです。このためトンボのオスは、まず最初にメスの生殖器の中にあるほかのオスが残していった精包を、かぎ爪のあるペニスでかきだしてから、自分の精包をメスの生殖器の中へ入れるという事をしているようなのです。トンボのペニスにあるかぎ爪は、ほかのオスの精子をかきだすためのものなのですね。凄い生殖争いともいえるでしょう。ヒトのペニスの先端がふくらみ、エラ状の段差がある理由も、ほかの男が先に射精した精子をかきだすためのものだとも言われているのですよね。かきだすといっても、なにも外にまで出す必要はないわけです。膣の奥から少しだけ入り口へ移動させればそれでいいわけですね。そうすれば膣内の酸性の環境下でほとんどの精子は死んでしまうわけですから。そのあとであらためて自分の精子をできるだけ膣の奥に射精すればいいということになるのですね。熟女出会いを希望する男性が多いのもそのような観点からよく分かるような気がします。

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06 9月

男性に理解してもらえれば女性は嬉しい

Posted in 理解 on 06.09.14

男性がマイカーというパートナーの事をとても大切にして深く理解しようとするのと同じように、パートナーの女性の事を深く理解し、そして生理の周期を把握しておくということはとても大切かもしれませんね。そして少しくらい女性が不機嫌であってもそれはある程度ホルモンのせいだから仕方がない、というふうに理解する必要があるのかもしれません。そういった時期には、女性の精神状態を保つには血糖値が下がることがいちばんよくないと言われているので、食事で炭水化物をしっかりと摂るようにすすめてみるというのはいいかもしれません。カフェインやアルコールを少し控えたり、有酸素運動をすることも効果があると言われているので試してみる価値は十分にあると思います。ホルモンとの関係で言えば、ピルを飲んでプロジェステロンの分泌を抑制している人はPMSになりにくいようなんです。PMSがあまりに辛い場合はピルを服用することが治療のひとつにもなるようですね。ただPMSの原因はプロジェステロンだけではないので、症状が本当にひどい場合は、うつ病の治療薬など向精神薬を処方することもあるようです。生理痛もPMSも、生理があるあいだはどんな人、どの年齢でも起こりえますが、年代によって症状の傾向には違いがあるわけですね。それだけでも男性に理解してもらえれば女性は嬉しいんですよね。興味の対象を趣味の領域から少し生身のパートナーへ向ければよいと思うのです。

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24 6月

激しい欲望

Posted in 欲望 on 24.06.14

自動車愛好家の中にはフェラーリのエンジン始動は、世のどんな快楽にも勝る無上の官能美を秘めているというような人もいるんですよね。それこそ最高の評価を示す言葉でしょう。この世のどんな快楽にも勝る無上の官能美とはいったいどのようなものでしょうか。それはつまり、美しい女性を上回るようなそ官能的な美しさというようなものなのでしょうか。そのような要素をフェラーリは持っているということなのでしょう。官能的という言葉は、妖艶で美しい響きがありますが、もっとストレートに言い換えれば、性的な魅力がある、性欲をそそる、肉体的な悦楽を好む、ということなのでしょう。もっと言ってしまえば、ずばりセックスしたいと無性に思うというような激しい欲望をも上回るというような感覚なのかもしれませんね。他の車のどれもが持ち合わせていない、フェラーりだけが持つ哲学のようなものだと言うような人もいるようです。多くの人間は自分が動物だということを忘れて生きているわけですが、自動車という人間がつくりだしたもののなかで、この動物的側面を思い出させてくれるのが唯一フェラーリという存在だ、というような人もいるんですよね。

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18 3月

自動車メーカーがやるべき事

Posted in 独自性 on 18.03.14

世界的な自動車メーカーであるダイムラー社のMercedes-Benzは、かつて製品領域を小型のAクラスに拡張するタイミングで、そのブランドアイデンティティーの確認とブランド戦略の再構築を行ったんですよね。ブランドアイデンティティーとしてのMercedes-Benzらしさを構成するコアバリューを、秩序、結束、快楽、として再確認し、同ブランドが提供する様々な商品、サービスや活動との整合をとったんですよね。Aクラス、SLK、F1、MercedesCard、などの商品、サービス、活動それぞれにおける三つのコアバリューの構成比率には差があっても、同じ要素で構成することでブランドアイデンティティーの整合性をとるという考え方なんですよね。事業戦略の必要性に迫られて新規領域への事業拡張をすると、場合によっては事業を支えていたブランドの価値を穀損するリスクもあるため、ブランド戦略を再構築し、事業との整合を図ったということなんです。これは株主に対するコミュニケーションという点でも同様なんですよね。戦略ドメインの実態が正しく認識されていれば、株主はそのドメインの中で経営者に経営の執行を任せられるため、企業は長期的視点での投資や迅速な意思決定が容易となって成長戦略の推進もスムーズになるわけですね。大規模な自動車メーカーにとって非常に大切な考え方だと言えますよね。

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03 12月

若者は自動車に興味を持つようになる

Posted in 独自性 on 03.12.13

中身の骨格は戦前からのもので、エンジンも直列8気筒のSVという旧式なものでした。キャデラックとオールズモビルが1949年に出したオーバースクエアのOHV高圧縮比V8の前では、その古さは覆い隠すすべもなかったという声もありましたよね。それでも1954年には圧縮比を上げ4バレル・キヤプレターを備えて、パトリシアンの5883で212馬力、クリッパーの5358で8・7という圧縮比は、おそらくSVエンジンとしては最高だったのではないでしょうか。ちなみに同じ年のキャデラックV8は5420で230馬力でした。1949年には自力でウルトラマティック自動変速機を開発、1954年にはブレーキ、ステアリング、ウインドーにパワーアシストを標準装備されることになったんですよね。史上初めてエアコンディショニングを備えたのは1940年のパッカードということらしいです。ビッグスリーの寡占が進むなかで、1954年にはナッシュとハドソンが合併してアメリカン・モータースとなり、パッカードもスチュードベーカーと合併してスチュードベーカーパッカード・コーポレーションとなったようです。1955年型でパッカードは直線的で、ぐんとアグレッシブなデザインの新型になります。この当時のデザインが美しくて独自性があって大好きだという人は今でも多いようですね。またこのような多様性が今の車にも戻ってくると、若者は自動車に興味を持つようになるのでしょうか。

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30 11月

自動車の都

Posted in 特徴 on 30.11.13

ウィントン車を大々的に改良し、1899年に最初のパッカード馬力車を作り上げたということです。すでに自動車の都になりつつあった、お隣ミシガン州のデトロイトに移転するのは1903年のことのようです。ある日、客が届先の工員に「カタログが欲しいんだが」と言うと、奥の工場でそれを伝え聞いたジエイムス・ウォード・パッカードは、まだカタログがなかったので(持ち主に聞いてくれ!)と答えさせます。これがクルマのみならず、ありとあらゆる商品を通じてアメリカで最も有名なセールス・スローガンのひとつとなったという逸話があるようです。大戦後の1946年以降は1941年に発表したやや廉価型の中心になります。

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29 11月

最初期のアメリカ車

Posted in アメリカ on 29.11.13

デトロイト市のイースト・グランド・ブールパード。ここにはかつて1万人余りの工員が働くパッカード・モーター・カンパニーの工場があったようです。しかし今はまったく関係のない工場が建っていて、往年のパッカードの栄光を偲ばせるものは何も残っていないようです。パッカードはかつてのアメリカでピアス・アロー、ピアレスと並んで最高級車のひとつと言われていたようですよ。品位と価格でピアス・アローがより上位にあった時代もあったと言われています。パッカードは常に人々の垂誕の的であり続けたのですね。格式の高さではビッグスリーの最高級車、すなわちGMのキャデラック、フォードのリンカーン、クライスラーのインペリアルを上回っていたようです。「キャデラックは黒人にも好かれるが、パッカードには白人しか乗らない。」民主主義と信じていたアメリカに人種差別があることを実感として知ったという声も当時聞かれたようです。

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28 11月

坂道を転がる小石のように

Posted in 消滅 on 28.11.13

ナッシュはピニンファリーナとは無縁の魅力のないアメリカンになっていったという歴史があるようですね。その結果AMCは坂道を転がる小石のように下降し、コンパクトカーのランプラーに特化しましたが、下降は止めることはできなかったようです。1978年からはフランス、ルノーの資本を受け入れましたが、ルノーは1987年に撤退、その年AMCはクライスラーに吸収されて消滅してしまったということです。結局ナッシュはピニンファリーナの名前を世界に知らしめる役割を果たすに終わったということですね。アメリカの開拓時代、デトロイトはまず港町と鉄道の要衝として交易で栄えますが、やがて産業が起こります。早くから製鉄が行なわれ、山世紀には馬車産業が盛んで、仏独からガソリン自動車がもたらされると、その一大生産地となったということです。

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27 11月

ビッグスリーがますます肥大化

Posted in アメリカ on 27.11.13

ナッシュは1952年型ピニンファリーナを前面に押し出して大々的な宣伝キャンペーンを展開、ピニンファリーナは一躍全米で有名になりました。そしてこれがイタリアン・デザインの世界進出の第l号となり、大々的なイタリア・プームのらゆるところに顔写真を出したので、先駆となったのです。構造的にはボディがエアフライト以来のモノコックであること、そのため前輪懸架のコイルスプリングが上部のウイツシュボーンの上に付いていること以外は、典型的なアメリカ車ホイールベースの上級のアンパサダーでは4138α/でした。エンジンは、120馬力、中級のステイツマンでは3203α/100馬力の、直列6気筒OHVの古い設計でした。もしビッグボアのV8をもっていたらこのナッシュは大成功を収めたろうと言われましたが、ナッシユが5244のV8を積むのはAMCになってからの1955年まで待たねばなりませんでした。

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26 11月

アメリカ自動車界の異端者

Posted in 特徴 on 26.11.13

NX・lHメトロポリタンはピニンファリーナのデザインで、ナッシュとピニンファリーナはかなり以前から関係があったことになります。正式に発表されてはいるわけではありませんが、エアフライト・ナッシュのデザインにも、ピニンファリーナが関与していた可能性は十分に考えられるわけです。1952年型ナッシュは紛れもないアメリカ車ですが、当時のアメリカの自動車界では異端者として大きな衝撃を与えたということです。完全なフラッシュサイドのフエンダーがきわめて高いのに対し、ボンネットが低く、フード後端とウインドシールド下端の間にベンチレーション用のエアインテークがあるほどだったようですね。当時のアメリカ車のフードはフェンダーよりいちだんと高く、大きく強く前方へ突き出していたようなんです。

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25 11月

特徴が際立っていた車

Posted in 特徴 on 25.11.13

1924年にはケノシャの北のラシンにあったミッチェルと、さらに北のミルウォーキーのラファイエットを買収し、ナッシュは冷蔵庫メーカーを合併。1930年、ナッシュは会長、ジョージ・メイスンが社長に就任しました。下って、第二次大戦となり、後のナッシュは1949年に初の戦後型のエアフライトを発表したということです。それは前輪までカバーしたフルウイズの、鯨のように巨大なプレーンパツクの車でした。しかし世の趨勢はすでに3ボックス時代に入っており、エアフライトはすぐに時代遅れになってしまい、ナッシュは明らかに新しいボディを必要としていました。そこでジョージ・メイスンが旧知のジョヴアンパッティスターファリーナに依頼して生まれたのが1952年型ナッシュということらしいですよ。

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24 11月

アメリカの自動車会社

Posted in アメリカ on 24.11.13

ウィスコンシン州の中でも文字どおり南東の角でミシガン湖に面している小さな町がケノシャです。北にある州都ミルウォーキーと、南のイリノイ州の州都シカゴのちょうど中聞に位置します。この辺りはアメリカでも有数の穀倉地帯みたいですね。アメリカの自動車会社はここからミシガン湖の対岸のミシガン州でも東端のカナダ国境に近いデトロイトに集中していますよね。でもかつてはオハイオ、インディアナ、イリノイ、ウィスコンシンなどの各州にも散在していたのです。ケノシャでは1902年から、トーマス・ジェフェリー社が、ジェフェリーというクルマを造っていました。

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23 11月

アメリカ車

Posted in 独自性 on 23.11.13

レイモンド・ロウイはコンサルティング・デザイナーでしたから、彼自身がスケッチで描いたり、クレイモデルを削ったりすることはなかったでしょう。実際のデザイン作業を行なったのは前にも述べたとおりボブ・パークです。しかしロウイは、パークを始めとするスチュードベーカー社のデザイナーたちにさまざまな示唆を与えることによって、彼の個性を表現していったのです。そうでなければアメリカの自動車産業という閉鎖社会のなかで、こんなに突出したスタイリングが生まれるはずはありません。そうした意味で、1953年スチユードベーカーは第二次大戦後のアメリカ車のなかでも最も傑出したデザインと言うことができましょう。

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22 11月

アメリカの車の独自性

Posted in 独自性 on 22.11.13

アメリカの車が独自性があって輝いていた頃の話。1953年型スチュードベーカーはそれまでアメリカでは誰も見たことのないスタイリングで、表現に困ったジャーナリズムはヨーロッパ風と書いたようですね。しかし基本的にこんなクルマがあったわけではなく、あくまでもアメリカン・スタイルだと言われています。代わり映えのしないボディの表面の凹凸や、表面に貼り付けた飾りで違いを出そうとするアメリカ車の常套手段に対して、ヨーロッパにはボディの基本的シェイプに個性を表現している点では、サイドモールディングを用いずに、それにプロポーションの美しさや、のびのびとすっきり軽やかに仕上げている点でもヨーロッパ的であったと言えるかもしれませんね。アメリカ車としてはきわめて異色です。1950年代までのアメリカ車ではボンネットに圧倒的な力量感を与え、突き進むパワーを強調するのが一般的でした。

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